大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(行)43号 判決 1956年4月04日

原告 金岡三三こと金福燦

被告 渋谷税務署長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「一、被告が昭和二十九年三月十四日附でなした、原告の昭和二十八年度分所得税の総所得金額を五五四、三〇〇円と更正した処分のうち、一二〇、〇〇〇円を超える部分は、これを取り消す。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

原告は被告に対し、昭和二十八年度分所得税に関する確定申告として、総所得金額を一二〇、〇〇〇円と申告したところ、被告は昭和二十九年三月十四日附をもつて、右金額を五五四、三〇〇円に更正する旨の処分を行い、翌十五日その旨を原告に通知したので、原告は直ちに被告に対し再調査請求をしたが、請求を棄却されたので、更に東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長はこれを却下する決定をなし、昭和三十年二月十四日その旨を原告に通知した。しかしながら、右の更正処分は違法であるから、右処分のうち前記原告の申告額を超える部分の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。

二、被告指定代理人はまず本案前の答弁として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告は再調査決定通知書を昭和二十九年十月四日に受領したのであるが、東京国税局長に審査請求書を提出したのは一ケ月を経過した同年十一月十一日であるから、右審査請求は所得税法第四十九条第一項に違反する不適法なものであり、従つて本訴は同法第五十一条第一項に定める訴願前置の要件を欠く不適法な訴である、と述べ、

つぎに、本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告がその主張のとおりの確定申告をなし、被告及び東京国税局長が原告主張のとおりの各決定を行つたことは認める。但し被告が更正処分をなしたのは昭和二十九年六月二十二日であり、これが原告に通知されたのは翌二十三日である。被告のなした更正処分は、次の理由によつて適法である。

原告は渋谷駅前マーケツト内で大衆酒場を営む者である。原告は昭和二十八年度分所得金額を一二〇、〇〇〇円と申告したが、その審査請求書に添付された収支計算書によれば、利益は二八、〇〇〇円となつており、また被告係員の質問に対し、売上伝票も現金仕入のメモも当日の収入と現金を夜確認したら破棄してしまい、帳簿等は一切ないと申し立てている状況であるので、原告の申立は全く信用できない。そこで、原告の昭和二十八年度分の所得については資産増減の計算によつて推計するほかないところ、同年度における原告の資産増加は次のとおりである。

(一)  資産増

(イ)  日本相互銀行渋谷支店預金  一、三九六、二一三円

(ロ)  第一銀行渋谷支店預金      一六六、六五〇円

(ハ)  渋谷信用金庫預金          一、四〇一円

(ニ)  建築家屋            九六七、五〇〇円

(ホ)  セダン乗用自動車        八七二、〇四〇円

(ヘ)  買掛金                 六六〇円

(ト)  生計費             四八〇、〇〇〇円

(チ)  公租公課            一二八、二六〇円

(二)  資産減

(イ)  東京銀行渋谷支店預金      一一八、六八九円

(ロ)  日本相互銀行渋谷支店借入金 二、〇〇〇、〇〇〇円

右(一)の合計から(二)の合計を差し引いた残額一、八九二、〇三五円が、昭和二十八年中における原告の資産の増加額であり、これは原告の同年分所得金額中から支出されたものにほかならないから、原告の同年分所得金額は少くとも右同額以上であると推認される。従つて、右所得金額を五五四、三〇〇円と認定した本件更正処分は適法である。

(三)、被告の本案前の抗弁に対し、原告訴訟代理人は次のとおり述べた。

原告の審査請求が東京国税局長に受理されたのが昭和二十九年十一月十一日であること、及び同局長が被告主張の理由で原告の審査請求を却下したことは、いずれも認める。しかし、所得税法第五十一条第一項は、同法第四十九条第六項の規定による決定を経た後でなければ再調査請求又は審査請求の目的となる処分の取消変更を求める訴を提起することができない旨を定めているに過ぎず、右の決定の内容を限定していない。そして同法第四十九条第六項第一号の規定によれば、国税庁長官又は国税局長は、審査の請求が同条第一項の期間経過後になされたときは、当該請求を却下する決定をなすべきことを規定しているのであるから、審査の請求を却下する決定も正に同法第五十一条第一項にいわゆる「第四十九条第六項の規定による決定」であり、かつ、右決定を経た後であれば訴を提起し得るものと言わなければならない。従つて本訴の提起も同法第四十九条第六項の規定による決定を経た適法なものであると言うべきである。なお原告は昭和二十九年十一月四日再調査請求棄却決定を受けたので、直ちに翌五日被告の職員(鎌仲保、赤羽晃)に対し審査請求をなす意思のあることを告げたところ、同人等は自ら原告の審査請求書を原告に代つて作成しこれに原告をして押印させ、即時右請求書を受理した上、原告に対し「自分らが、確実に期限内に提出しておくから大丈夫だ。」と告げたので、原告は右審査請求書が期限内に東京国税局長に提出されたものと信じていたのである。しかるに右審査請求書は提出期限後に東京国税局長に受理されたのであるから、これは全く被告の職員の故意又は過失によるものであつて、原告の責に帰すことのできない理由によるものと言うべく、所得税法及び行政事件訴訟特例法の規定の精神に鑑みるときは、本訴の提起は適法であると言うことができる。

四、被告指定代理人は、原告の右の主張事実を全部否認すると述べた。

五、(立証省略)

理由

被告が原告の昭和二十八年度分所得税につき、その申告した総所得金額を更正する処分を行い、更に、原告の再調査の請求に対しこれを棄却する決定を行つたこと、原告は右再調査請求棄却決定の通知書を昭和二十九年十月四日受領した上、同年十一月十一日東京国税局長に対し審査請求書を提出したこと、及び東京国税局長は右審査請求が法定の請求期間経過後なされた不適法なものであることを理由としてこれを却下する決定をしたので、原告は本訴を提起するに至つたことは、いずれも当事者間に争がない。

原告は、右の審査請求却下決定は所得税法第四十九条第六項第一号による決定であるから、同法第五十一条第一項の規定により、これに対して出訴することができる旨を主張するのであるが、同法第五十一条第一項の規定は、再調査請求又は審査請求の目的となる処分の取消又は変更を求める訴は、再調査の決定を経たのみでこれを提起することはできず、必ず審査の決定を経てから提起しなければならない旨を明かにしているにとどまり、訴願前置の要件について行政事件訴訟特例法第二条の規定の特例を設けた趣旨ではないと解すべきところ、同条の規定によれば、審査請求の期間を経過した後は、正当な事由の認められる場合のほか、再調査の決定に不服のある者もその当否を争うことは許されないものと解すべきであり、又国税局長が審査請求を期間経過後の不適法な請求として却下した場合には、その却下決定が違法でない以上、審査の対象となる原処分の当否を争つて出訴することは許されないものと解さなければならない。従つて前記審査決定が違法でない限り、原告は本件につき訴を提起することはできず、もし右審査決定が違法であるときは、先ずこれを取り消す判決を得てから、今度は原処分の当否に関する審査の裁決を得、これに不服であるときに、始めて原処分又は再調査もしくは審査の裁決の内容の違法を争つて出訴し得るものと言うべきである。然るに原告は本訴において審査請求却下決定の取消を求めることなく、直接原更正処分の取消を求めているのであるから、このような訴は訴願前置の要件を欠く不適法なものと言わなければならない、のみならず、原告は審査請求の期間を守り得なかつたのは被告の職員の責任である旨主張するのであるが、原告本人尋問の結果中この点に関する原告主張事実に合致する供述部分は証人鎌仲保、同赤羽晃及び同安在道の各証言に比してとうてい信じ難く、その他原告主張事実を証するに足りる証拠はなんら顕れていないから、原告の右の主張も理由がないと言うべきであり、その他前記却下決定を違法ならしめる事由の存在を証すべき証拠は存しない。

従つて、いずれの点からみても原告の訴は不適法であることが明かであるから、これを却下し、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条により敗訴当事者である原告に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例